2010年11月17日水曜日

CROSS†CHANNEL

このエントリーをブックマークに追加 このエントリーを含むはてなブックマーク
CROSS†CHANNEL

やっとこさ重い腰をあげてやってみたゲーム。
入院中くらいしかやる機会ないからだと言われて。

学園を舞台にした放送部の青春群像劇ノベルゲーム。


ネタバレ含む感想なので、やろうと思ってる方は読まないほうがいいかも。


いやいや、ぐっさりと心がえぐられました。
エヴァンゲリオンを観た時の衝撃以来です。
ギャルゲーとか思って馬鹿にしてごめんなさい。
エンターテイメントと文学を両立させている近年まれにみる大傑作です。
ここでいう文学とは、人間はどのように生きて、死ぬべきなのか?という人生への問いかけ。
この作品は、誕生、成長、親、兄弟、食事、睡眠、性行、友情、恋愛、学校、葛藤、思考、病気、死。と人生のあらゆる現象を詰め込んでいて、それをエンターテイメントの切り口で、ミステリーの切り口で、SFの切り口で、ぐいぐいプレイヤー=読者を引っ張っていく。
一通りプレイすると分かるのだが、無駄な文章が一つもない。
すべて意味があるのだ。
どこまで計算すればすむのだ田中ロミオ!

驚くだけじゃない。主人公にものすごく感情移入してしまった。
ほかの人のレビューを見る限り、主人公に感情移入出来るのはまれな人なのかもしれないけど、まれだからこそ、この作品に出会って良かった。
クロスチャンネルは、主人公黒須太一が人のふりをする感情のいびつな人格から、他者の価値に気づいていくという壮大なテーマが根本にある。
太宰治の人間失格に近いものがある。「ワザ、ワザ」である。

現代の太宰治は、滝本竜彦ではなく、田中ロミオでした。

なんというか、太宰治の人間失格より重症なのは、黒須太一が人間のふりをしながら人間を壊すことに快楽を覚えているところだろう。作品では化け物、と言われているが、まぁ現実にもいるよね、こういう人。
虐げられて育った人がよくこういう隘路にはまる。
でも、もちろんこの作品は、それだけじゃない。きちんと主人公の人を壊してしまうことへの葛藤も描いている。そして、葛藤と成長を繰り返して、物語は進む。

さらにネタバレすると、クロスチャンネルの世界では、一週間で世界が終わり、そしてほんの一部を除いて最初からスタートしている。主人公たち登場人物は、ループしているのだ。でも、世界は一週間で終わってるので、そのループに気づいていない。
何千、何万回と同じ週を繰り返している。
神が居る場所=ほこらを除いて、主人公たち8人以外が誰もいない世界をループしている。

黒須太一は、ほこらの存在を何万回の中で偶然「知り」そこにノートを収めることによって、ループしていることが分かる。そうして物語が進展していくのだが。

しかし考えるだけで恐ろしい世界だ。それは死ではないか。
いや、絶対死なない死の世界。死んでも週末には強制的にリセットされて、記憶がない状態で一週間が始まる。
しかも、こんな世界なのに、黒須太一は特殊能力でほかの登場人物を一人ずつ元の世界に戻していく。自分だけは戻れないのに・・・。ここまでたどり着くのに10時間以上かかるのだが、もう泣ける泣ける。。

たった一人で無限の時間を生きる。しかも、もうほこらの存在を教えてくれる人もいない。
死んだら終わりが終わり。
プレイしてて、心底怖くなった。
この現実世界が、実はループしてたら・・・と。
現実感覚が、主人公のモノローグを通してゲームの世界とつながっていく。これは尺の長い作品(連続ドラマとか)でないと作り出せない体験的作品鑑賞なんだけど、ノベルゲームという特質をいかして、この現象を作り出している。
そして、その現象にたいして、批評的な観点でこの作品は作られている。自覚的に、黒須太一の人生を追体験させるという技法で、この作品はますます深いメッセージをプレイヤーに与えてくれる。

2003年の作品だけど、きっと5年後にはもっと価値のある作品になってるのではないだろうか?人間関係の価値の増減は、いびつさを増殖している。
こういう社会に対するある種の答えを出した作品と言えよう。


本当に、久しぶりにここまで骨のある作品にであった。
真にすばらしい作品に出会うと、心が決壊する。ボロボロ崩壊が始まる。
精神の脱構築が始まる。
いや、本来作品とはこうあるべきなんじゃないか?

人生は有限なんだよなー。

CROSS†CHANNELは人生!

0 件のコメント:

コメントを投稿