堀江貴文の「拝金」を読んで思うのだが、果てしない欲望をあえて肯定するという一種のゲームなんじゃないかと思った。そもそも人間の欲望ってなんだ?
動物なら衣食住があれば基本的にはそれで満足するはずなんだが、人間はもっといい服、もっといい食事、もっといい住居、もっといい社会的地位やもっといい女、最高の権力など満足を超える満足を得ようとする傾向にあるらしい。万人がそれを求めているとは思わないけど。
んー、しかし少し話はずれるけど、自分が見えている世界と他人が見えている世界は違うんじゃないかと子供の頃は一度は思うだろう。例えばオレンジ色は他の人も自分が見えているようにオレンジ色に観ているのか?とか。
しかし色で例えるのはわかりにくい例えであり、もっとわかりやすい例は性欲なんじゃないかと思う。うまい食事は割とみんなで共有出来るが、性欲は共有出来ない。
A君がAさんを抱いたとき感じる時の興奮度と、淡泊なB君がAさんを抱いたときの興奮度は違う。
例えばA君は性的に敏感な人で、目が血走ってギンギンに勃起して全身から性欲があふれるような人なら、A君のセックスに対する認識は、淡泊なB君のセックス認識とは全然別物だと言える。
いや、ここでB君が淡泊と言ってしまったが、実はAさんがあまり美人じゃないだけだったりする場合、もっと美人でB君好みならB君もA君ばりに興奮するのだろうか?
そう考えると欲望というのは普通の人はすっぱいブドウなのか、それとも単に知らないがうえに興味がないのか。
ううん、まぁしかし、例えばアニメとかでも、感受性の強い人やアニメを読み込む批評力の強い人が見るのと、ぼーっとしている人が見るのとでは、面白さがぜんぜん違うわけだ。やはり受け手しだいで見えてるもの違うんだろうな。世界というものは。
それでもやはり、至高の贅沢というものは人間にとってなんなんだろうという疑問は死ぬまでに解決したい疑問ではある。
欲望の深さと才能で生き方が決まっていくのだろうか。
俺のもっとも強い欲望はなんだ?
300年前の人と今の人の欲望の質には違いがあるのだろうか?
俺のもっとも深い欲は知識欲かもしれない。
またとりとめもないものを書いてしまった。
密度低いなこのブログは。
七時半起床。食欲なし。
午後家まで歩いていく。大体六キロほど歩く。
「クリムゾンの迷宮」読み出す。ワクワクしてきた。
入院仲間がどんどん疲弊していく。辛い。
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