2010年12月17日金曜日

高校時代

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「アメリカ下層教育現場」林壮一
読了

ぱっとしないアメリカ在住スポーツライターの筆者が、職がなくて腰掛けでついた職場が「チャーターハイスクール」と呼ばれる落ちこぼれ向けの高校だった。普通の公立高校に入学できないレベルで、とにかくやる気のない暖簾に腕押しな生徒に奮闘する課程から、アメリカ社会の底辺を書いたルポライター。

これを読んで、自分の学生時代を思い出した。通っていた定時制高校もこんな負のオーラに満ちた生徒ばっかりだった。たいていが崩壊家庭で、クラスの半分が生活保護という日本の最底辺で学んでいた。当然、選りすぐりの落ちこぼれで、15にして人生敗れた人間ばかりが集まる。その生気のなさは絶望的だ。
クラスの半分は二年生にあがれず、卒業したときには四分の一になるという悲惨さ。
一年生は3クラスあるのに、四年には1クラスに減ってるのだ。
同じクラスの先輩は(学年が同じでも歳が違うなんて当たり前)兄が今話題の関東連合に所属していて、その先輩は怖い人ではなかったけど、何かあると調停役に出てた。何があってもその人には手を出してはいけないと噂されていた。ヤクザの息子もその人にだけはでかい顔が出来なかったのは、今思うとなんとなく納得する。
他にも、授業中に営業電話かけるキャバ嬢とかもいたなぁ。

アメリカも日本も、生まれた家庭でほとんど決まるのは変わらないようだ。
底辺の人間の特徴は、約束を守れないってことだと思う。信用を得るということがどういうことなのかを理解出来ないとこの社会ではやっていけない。当たり前のことのように思われるが、この信用を大切にするという感情は自然に生まれる訳じゃない。
信頼出来る親や大人に恵まれて初めて実感出来ることなのだ。
もう、親に恵まれてなければ生まれた直後からスタートが違いすぎる。
それは親の年収とか関係ない。
本書にも書かれていたが、日本にも大人がボランティアで子供と友達になるユース・メンターリングの制度を取り入れてはどうだろうか。


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